日系カナダ人シニアにより、日系移住百年を記念してパウエル・グランドに植樹した桜が当初21本
背景
パウエル通り地域(旧日本人街)の復興を計画するバンクーバー市庁は、目下コミュニティとの協議過程を含む歴史的及び文化的な状況調査・分析を行っている。「リトル東京」として知られた同地区は、かつて繁栄をみた日系カナダ人社会の中心地であった。現在も戦後地区に復帰した、バンクーバー仏教会、バンクーバー日本語学校/日系会館また地区住民などの尽力によりコミュニティは活動している。多くの日系カナダ人コミュニティ団体や個人が、各々の意見や歴史的、文化的及び精神的価値観についてインタビューを受けている。この調査の結果は、オッペンハイマー公園再開発計画に影響を及ぼすものとみられる。計画は同公園の斬新な再設計をもたらすかもしれない。
桜の記念樹及び記念岩
隣組(日系コミュニティーボランティア協会)は1974年同地区に生まれ、以来日系移民一世シニアと共に活動を続けている。また同協会は、初の移住者がビクトリアに上陸した1877年の100周年にあたる1977年に開催された日系移住百年祭その他のイベント運営に深い関わりをもってきた。イベントのひとつに、恒例のパウエル祭がある。一世シニアと協力した記念プロジェクトの中にはまた、パウエル・グランドとスタンレー公園内の桜の記念樹植樹があげられる。バンクーバー公園委員会の全面的な支援のもとに実施された同計画により1977年4月、日系カナダ人桜記念植樹式典が、立派に造り直されたオッペンハイマー公園の再開園式典と時を同じくして行われた。70名以上の日系人シニアが出席した同植樹式典で、同公園東部に桜の樹木3本が植えられた。なお同式典に前もって日系人シニアに代わり公園委員会職員が同公園に桜の苗木13本を植えていた。さらに公園委員会は、当初ナナイモ通り付近にあった巨岩の移動にも協力、初代日系移民者達がそれを公園内造園の一部となる記念岩として表面に飾り板を嵌め、さらに隣組のロゴと和文の詩を刻んだ。また同プロジェクトの締めくくりとして、スタンレー公園内の日系カナダ人慰霊碑の地に第1次世界大戦の退役軍人イイズカ・キヨジ氏、コバヤシ・リョウイチ氏両名により桜の木3本が植樹された。最終的に隣組シニアは計24本の桜の記念樹を植えつけたが、これは日系移住百年祭記念宝くじの売上金と日系コミュニティの各個人から寄せられた寄付金を用いて隣組が日本から桜の苗木を輸入して実現させたものだ。
記念の桜の木
今なお12本前後の桜の木がパウエル・グランド及びスタンレー公園内日系カナダ人慰霊碑側の2箇所に健在、毎年春には咲き誇って、我々に日系カナダ人初代移民たちの懐かしい想い出と不屈の精神を語り伝えてくれる。バンクーバー市庁と「ヘリテージ・バンクーバー」がこれらの由緒ある桜の樹木及びオッペンハイマー公園内の記念岩の保存を最優先事項として考慮すると私は確信している。だが日系コミュニティ自体もこれら文化遺産の重要さを認識し、公園の再開発デザインが私共日系人共有の遺産を損なう事のないよう尽力しなければならない。さらに日系コミュニティは同地区を政府が文化遺産として指定するよう一丸となって取り組んでいかなくてはならない。
(文:ヤマシロ・タケオ)
source: Mapletown.ca
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