全世界各地の貧しい子供から始まって、糖尿病だ、心臓病だのあらゆる病気に関する頻繁なるDonationの電話はもとより、子供が家のドアーをノックし、やれキャンプに行く資金だの、学校でコンピューターを買うだとか、Girls’ Guideだの、サッカーだ、ホッキーだ、野球だと、これまた ありとあらゆる理由で、お金を集めに来る。
結構なことだと思う。こうして、一人 が出す小さなお金が積もり積もってベトナムの貧しい子供達が救えるのなら素晴らしいことではあるのだけれど、こうも頻繁になると”またか~”と嫌気もさし、人の子供のキャンプの資金まで面倒みてられへんわっとつい思ってしまう。
ところが、 Canadianはちと違い、彼らの長い歴史の中で培われてきたDonation精神 に、感心させられることが多々ある。こうしてDonation環境の中、ケチらない両親を見て育ったCanadianは、頼んでもいないのに1ドルのDoatnionにポンと5ドルだしたり、子供達が遊び半分で売っている25セントのジュースに、1ドル、2ドル置いていったりと、ポーンと太っ腹なことをしてくれるのは何時だってCanadianだ。(もちろんすべてのCanadianがそうというわけではないが)
その点、アジア人は実にDonation精神に乏しい。実際、健気な子供が一生懸命演説をした後にでさえ、たった1ドルのDonationに、笑顔も無く”No”の一言でドアーを閉めることができるアジア人 が本当に存在するし、本当はたんまり小銭を持っているくせに、”やあ~、参ったなあ。今お財布持って無くてね”といってみたり、”あら、さっきDonationしたのよ”などと嘘八百並べた経験のないアジア人はいないのではないかと思う。
それは、一言で文化の違いで済ましてしまうことができるのだろうかとふと疑問に思うことがある。先進国となってまだ日の浅い日本や香港などは、物質面では豊かになっても、精神面ではまだまだ劣り、ずっと前から先進国である白人社会には及ばないところがあるのだと謙虚に受け止め学ぶ姿勢も必要なのかもしれないと思ったりする。
しかし、だからといって、培っていないDonation精神。やっぱり見も知らずの赤の他人にお金使うより、今日の夕食一品増やしたいと思ってしまうこの根性が本当に情けないものだ。
http://www.hanaichi.ca/「管理人の今日のぼやき」より。
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