私はほぼ毎年、クリスマスには嫁さんの実家があるエドモントンに行く。実家の近くには『Candy Cane Lane』と呼ばれる通りがあり、そこに面する家々では、12月になると家を様々なライトや飾りで装飾する。
その習慣は1968年にごく一部の人達で始められ、今では隣のブロックの人達も同じように飾り付けを行い、毎年多くの人々がそれを見に来るちょっとした地元の観光スポットになっている。
私もクリスマスにエドモントンを訪れた際はいつも見に行くが、毎年同じ飾りのところもあれば、毎年何かを追加し、どんどん派手になっていく家もある。電気代が少なくてすむLEDライトが主流になって来たとはいえ、電気仕掛けで動くサンタを設置している家もあったりして、電気代が大変だろうなと思ってしまう。
そんな今年は、クリスマスに会った嫁さんのお父さんの弟、いわゆるおじさんから、『Candy Cane Lane』を歩いていたら、アーティストの家(地元のアーティスト。2004年にHG-TVで『Candy Cane Lane』が紹介された時、彼も取材されていた。)の前に看板があって、日本から伊東なんとかと言う有名な人が来て、テレビ番組を撮影すると書いてたぞと教えてくれた。
日本で有名な伊東と言えば、伊東四朗と、なぜかデビット伊東がすぐに思い浮かんだが、この寒い中、エドモントンくんだりまで取材に来る(来させられる)のなら、後者の伊東もあるかもしれないと考えながら、翌日そのアーティストの家へ行ってみると、長い文章が書かれた看板が家の前に立てられており、要約すると「日本でめっちゃ有名なShiro ItoとTakaaki Itoが、めっちゃ沢山の人が見てる番組の撮影のため、12月28日の午後9時にやって来るから、みんなで見に来てカナダ方式で暖かく迎えてね!」とあった。
やはり伊東四朗かと思ったのと同時に、『伊東たかあき』って有名人いたか?と記憶をさぐってみたが、そんな人物は思い浮かばなかった。
撮影に来る番組は「めっちゃ沢山の人が見てる」とあったので、てっきり『伊東家の食卓』だと思い、そのウェブサイトをチェックしたけど、そこにはカナダの『カ』の字もなかった。そこでダメ元で『エドモントン 伊東四朗』でググって見ると、1番目に『VIA鉄道インデックスページ』が表示され、その説明文の中に、『2006年1月22日(日)、伊東四朗さん親子のカナダの旅でVIA鉄道に乗車します』と書かれていた。
早速『カナダ横断鉄道 VIA鉄道』ページ(http://wcs.ne.jp/via/)をチェックしてみると、『VIA鉄道ニュース』部分に、『世界の車窓から』にVIAが紹介され、その中で伊東四朗と伊東孝明(貴明より改名)親子が旅行に来る事や、その放送日が2006年1月9日から22日までであること等が書かれていた。
義母は私に、日本の両親や友人に向けてボードサインを作り、撮影を見に行こうと言ったが、『世界の車窓から』は、各回の放送時間が5分程度ととても短いのに加え、バラエティ番組ではないため、仮に撮影場所の表でサインを掲げて持っていても、日本語で何か叫んでみても、絶対にそれが放送される事は無いと説明すると共に、意気込んでいる義母を説得し、サインを持たずに撮影を見に行く事になった。
当日、今年のエドモントンは暖冬だとは言っても外はマイナス4度(例年だとマイナス10度以下が当たり前。)、しっかりと防寒着を着込み撮影見学に、嫁と義母の3人で出かけた。
8時45分に現場に着くと、既に何人かの日本人が集まっていた。さすがに口コミの威力はすごいなと、日本人の一人として関心すると共に、もしこれがバンクーバーだったら、今頃は黒山の人だかりだろうと考えていた。
アーティストの人も通りに出て、『Candy Cane Lane』を見に来た地元の人達に撮影の事を説明していたため、9時を回る頃には30人程度の人垣になっていた。
9時半を回っても撮影隊は来ないため、心配になったのかアーティストが再び通りに出て来たので、立ち話ついでに質問をしてみた。
(ここから、放送内容のネタがばれるかもしれない可能性あり!!)
アーティストの名前はRobで、『Candy Cane Lane』はカナダでも何度かテレビで紹介されており、おそらくそれを日本のテレビ関係者が見た事がきっかけでこの撮影になった事、ここでの撮影は、親子がエドモントンの駅で降りた後『Candy Cane Lane』を見学し、Robの家で泊まるとの設定で、カナダならではの朝食である『パンケーキ』を食べるところを撮影するのだと話してくれた。
とてもエキサイティングになっているRobの話しを聞きながら、「なんでパンケーキやねん?」と頭の中で突っ込みを入れ、夜の撮影なのに朝食風景を撮影するのなら、相当沢山のライトがないと周囲を明るく出来ないだろうと勝手な心配をし、でもクリスマス時期のエドモントンは朝8時でも外はまだ暗いので、夜の撮影でも問題ないのかなどと一人で考えを巡らし、撮影部隊を待っていた。
白のSUVでやって来ることをRobが話していたので、それらしき車が通るたびに注意してみたが、どれも撮影部隊ではなかった。
そうして9時45分頃、一台の白いリムジンがやって来て、家の真ん前に駐車した。
そこにいた人々は、やっと来たか!と降りてくる人に注目したが、降りて来たのは単なる観光客だったため、一斉にため息が漏れた。
もうすぐ10時になるころ、1台の白いSUVが少し離れたところに駐車し、中から日本人男性らしき2人が降りて家の方向へ歩いて来た。
その事に気づいてなかったRobにそれを伝えると、2人の方向に歩み寄り挨拶を始めた。3人の会話を近くで見ていると、一人はこの撮影のコーディネーターであると挨拶し、もう一人をRobに紹介していた。
Robはめっちゃ笑顔で出迎えていたが、その笑顔はすぐに消えた。
小声で話しているので全ては聞き取れなかったが、撮影部隊の人達は、なぜこんなにたくさんの人がいるのだと、少し不愉快になっているようであった。そしてすぐ、Robは急いで撮影日を知らせる看板を撤去し始めた。
そのころ白いSUVからはカメラを持った人と、マイクを持った人が出て来ていた。でも私たちがいる方へはやって来ず、車の近くで話したままだった。
様子を探ろうと思った私は、地元の人を装いながら通りを白い車の方へと歩いて行った。すると、カメラとマイクの人が、「どうしてあんなに沢山の人がいるんだよ!」、「どうもコーディネーターが撮影があることを言ったらしいですよ。」などと会話しているのが聞こえ、「看板の事をこの人達は知らへんのや!」と思うと笑いそうになったが耐えた。
日本語が分からない振りをしながら2人の近くを通りすぎた私は、そのまま1ブロックほど歩き、もう一度引き返した。
撮影がある家まで戻るとRobが、集まってくれた人々に申し訳なさそうな顔をしながら、伊東さんはまだまだ来ないので、待っていても寒いだけだから帰った方が良いよと、アナウンスしていた。
言わされているのは見え見えだったけれど、みんなRobの顔をたてるようにしてそれぞれ帰って行った。
そこには10人ほどの日本人がいたのだが、帰る間際にその中の誰かが「伊東四朗より、エドモントンでこんなにいっぱいの日本人に会えたことがうれしかった。」と言っていたのが耳に入って来た。
私もそう思ったが、せっかく寒い中1時間以上待っていたのにあきらめるのはもったいないので、我々3人は帰るふりをして通りの反対側に行き、その辺をぐるっと回ってもう一度戻った。
それでも何か始まりそうな雰囲気は全く無く、かなり体が冷えてきたので帰ることにした。
帰り際、車でもう一度撮影がある家の前を通ると、路上に停めた車の中で待っている日本人らしき数人を目にした。そして、そこからもう少し離れた路上には3人の日本人がいたので、「がんばってね」と声をかけ、そのまま義母の家へと戻った。
エドモントンで日本人に会えた事と、Robと話しが出来た事で満足した私は、結局伊東四朗親子が撮影にやって来たのかどうかどうでも良くなり、撮影の様子をRobに確かめることなくバンクーバーに戻った。
新年には日本の両親に撮影の話しと共に、『世界の車窓から』を見るよう電話したものの、そんな私は番組に興味があるのかと言うとそれほどでも無く、今はただ、撮影隊が来る前の陽気なRobの顔が、日本の皆様に届けられるのを祈るばかりである。
はちみつ(www.83web.cc)様からの投稿コラムです。
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